2017年6月22日木曜日

鹿が谷川の流れを慕いあえぐように(詩編第42編)

「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように」は、詩編42:1の箇所に出てくる。

(詩編42:1)
 神よ、しかが谷川を慕いあえぐように、わが魂もあなたを慕いあえぐ。

また、詩編42:5と43:5において、同一のことが書かれているように、詩編第43編も関連性が高い。
この二つの詩編は、「神への渇望」を意味するものである。

詩編42:543:5)
わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。

そこで、詩編第42編32編全体を俯瞰したいと思う。

●詩人は北の地の捕らわれの身となっている(42:5)

わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。

●彼は不信心な人々囲まれている(42:3,10)

 人々がひねもすわたしにむかって「おまえの神はどこにいるのか」と言いつづける間はわたしの涙は昼も夜もわたしの食物であった。

わたしのあだは骨も砕けるばかりにわたしをののしり、ひねもすわたしにむかって「おまえの神はどこにいるのか」と言う。

●彼は神の臨在を切望してやまない(42:2、 43:3-4)

わが魂はかわいているように神を慕い、いける神を慕う。いつ、わたしは行って神のみ顔を見ることができるだろうか。

あなたの光とまこととを送ってわたしを導き、あなたの聖なる山と、あなたの住まわれる所にわたしをいたらせてください。
その時わたしは神の祭壇へ行き、わたしの大きな喜びである神へ行きます。神よ、わが神よ、わたしは琴をもってあなたをほめたたえます。

●状況は険悪であるが、信仰と希望が依然として突破口である。(43:5)

 わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。
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なお、現代英語の聖書はNIV(New International Version)が一般的である。
以下に詩編第42編と43編の英語版をリンクする。